新型コロナ感染症における東大病院の挑戦~感染症対策最前線からの報告~(前編)
東京大学医学部附属病院は、研究や教育はもちろん診療面においても日本最高峰の取り組みを行ってきている。また、新型コロナ感染症(COVID-19)の対策においても、いち早く都内でも最多の重症患者を受け入れ、日本のCOVID-19診療をリードしてきた。
FeliMedix(フェリメディックス)株式会社の創業者で、現在は医療顧問の小野正文教授が、COVID-19診療で東大病院の司令塔として活躍して来られた東京大学名誉教授の森屋恭爾教授に「COVID-19診療における東大の挑戦と取り組み、そして世界に向けた東大病院の取り組み」についてお話を伺いました。
Contents
紹介
- 氏名:森屋恭爾(もりや きょうじ)
- 東京大学名誉教授(医学博士)
- 東京大学医学部感染制御学 前教授
- 東京大学保健・健康推進本部 特任研究員
- 1989年 東京大学医学部医学科卒業
- 1999年 東京大学医学部附属病院消化器内科助手
- 2001年 東京大学医学部附属病院臨床検査部講師
- 2002年 東京大学医学部附属病院感染制御部講師
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
- 2009年 東京大学大学院医学系研究科感染制御学教授
/東京大学医学部附属病院感染制御部部長
/感染対策センターセンター長
- 氏名:小野正文(おの まさふみ)
- 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授(医学博士)
- 東京女子医科大学附属足立医療センター内科 非常勤講師
- FeliMedix株式会社創業者・医療顧問
- 1990年 高知医科大学医学部医学科卒業
- 1998年 高知医科大学医学部第一内科助手
- 2000年 ベーラー医科大学感染症内科(米国)リサーチフェロー
- 2001年 ジョンズホプキンス大学消化器内科(米国)リサーチフェロー
- 2015年 高知大学医学部附属病院 准教授
- 2019年 東京女子医科大学東医療センター内科 准教授
- 2021年 香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学講座 教授
①東大病院における新型コロナ感染症(COVID-19)の対策について
②肝炎ウイルス診療と研究について
③東京大学感染症内科教室の取り組みについて
東大病院における新型コロナ感染症(COVID-19)の対策について
小野先生:
森屋先生は、東大病院において新型コロナ感染症対策を主導してこられたと思いますが、ご苦労された点や対策の重要な点についてお聞かせください。
森屋先生:
私は、この3月まで東大病院の感染制御の責任者をしておりました。このため、去年の夏までのデルタ株、続いて春までのオミクロン株に関してのお話がメインになります。
今回ポイントとなるのは、新型コロナウイルスは発症する2日前からウイルスがたくさん体の外へ排出されますので、症状がないと安心して感染対策を行わないと簡単に他の方に感染を引き起こすという、非常に院内感染を起こしやすい感染症だということです。また当院では2020年1月に、濃厚接触の方が来院されているのですが、その頃から救急外来に旅行者の外国人の方がたくさん来院されていました。当初、入院患者さんに関しては肺炎を疑ったり、救急車で見えた方には全例胸部CTを撮って、その結果肺炎を疑うような症例の場合、PCR検査(以下PCR)の結果が出るまでは、できる限り個室でコロナ対応をするという感染対策をとっていました。 そのような状況下でPCR検査陽性を入院患者で確認したのは3月だったと思います。その方は救急車来院であり濃厚接触者であるかは不明でした。来院時画像などの検査でも肺塞栓ということで明らかな肺炎は認めず入院された方です。静脈血栓がメインでしたから比較的安心していたのですが、2日目以降に提出したPCRの結果が陽性で、血栓と新型コロナ感染の関連を臨床で始めて経験しました。
また、基礎疾患があって入院された若い方でしたが、順調に回復されていた中で、退院する前日に突然一気に酸素飽和度が下がったため緊急CTを実施したところ、肺動静脈などに血栓をあらたに認めたということもありました。 外国では新型コロナ感染で血栓が出来ることは報告されていたのですが、肺炎に注意がむかい国内ではまだ血栓に関する報告があまりなかったため、その後心筋梗塞や脳梗塞などの血栓の可能性がある救急症例では、常に新型コロナウイルス感染を疑い対応に追われました。
小野先生:
コロナ感染での大きな問題点や対応で難しい点は何ですか?
森屋先生:
この感染症の1番の問題点は、なかなか診断即対応というわけにはいかず、診断をつけるまでに時間がかかることです。初回でPCRをやっても感度の点から言うとくぐり抜けることはありますし、当日陰性でも翌日陽性ということがあります。当初PCR陰性ということで安心して感染対策を緩めると、あっという間に院内感染拡大を引き起こしてしまうというところです。院内感染を防ぐことは簡単ではなく、また院内感染が起きることが1番心配でした。特に、当院は移植の患者さんや、重症の抗がん剤治療をされている方がたくさんいらっしゃいますから、そこで院内感染が起きるととんでもない事態を引き起こすことになります。また三次救急も断ることになり救急医療も破綻することになります。
当院では2020年相当早めにPCRを実施していましたが、入院時に即日1回目、陰性でも肺炎を疑われる場合には翌日PCR、といったように何回でもPCRをやるよう医師や看護師の方に伝えていました。それから個室管理も勝手にPCR結果を解釈し緩めないようにと指示していましたので、対応している看護師さんたちは相当大変だったと思います。でもそのおかげで、このオミクロンが広がるまで当院では院内感染はほぼ0という状態が続いていました。
当院は新型コロナ感染症においても重症患者を中心に対応する体制でした。したがって重症の方を多く診ることによって先ほどの血栓ができるような事例にも早期に遭遇しました。また2年間に渡って患者さんを診察してきましたが、当時から入院時軽症と判定されても、実際には軽症とは言えない病気です。やはり極めて激しい咳で、また高熱や下痢を認めました。我々が最初、診察した武漢濃厚接触者の方は若い方でしたが、激しい咳や下痢の症状でこれは60歳以上だとまず耐えられないと感じたぐらいでした。ワクチンや治療薬がない時期はやはり大変でしたね。東大病院は都内でも一番を争う数多くの重症新型コロナ患者を受け入れ、日常診療継続、夜間救急も休みなく継続したことからスタッフの負担は大きいモノでした。
その後、ワクチンが広がり治療も進む中で、オミクロン株が拡大していきました。ワクチンによって抗体や細胞性免疫が誘導され重症化を防げるようになりました。しかし感染を防ぐという点ではある程度の期間が経つとワクチン効果も弱まります。今回、オミクロン株が拡大するにつれもう一つ問題だったのは、医療スタッフが家族内で感染すると診療にはタッチできませんから、医師、看護師、検査技師の方、薬剤師の方、それを支える事務の方、清掃業者の方も含めてかなりの勢いで医療スタッフの数が減ってしまうということです。その少ない人数をやりくりして病棟を運営することが現場では大変でした。今は患者さんもワクチンを打っている方が増えた結果、軽症の方も増えました。院内では必ずマスクを着けるようお願いをしていても、だんだんと「大丈夫なんじゃないか」ということで勝手にマスクを外される患者さんも見受けるようになってきて感染対策が大変になりつつあったところです。オミクロン株は、以前のように重症化することは少ないですが、一方感染者数が極めて拡大しているので、各病院も大変ご苦労されていると思います。
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肝炎ウイルス診療と研究について
小野先生:
森屋先生のご専門は感染症の中でも特に肝炎ウイルスだと思いますが、先生およびご教室として取り組んでこられた肝炎ウイルスに関する診療や研究内容についてもお聞かせください。
森屋先生:
小野先生も私もC型肝炎やB型肝炎の治療に携わってきました。B型肝炎ですとインターフェロン、逆転写酵素阻害薬など抗ウイルス剤への時代があり、C型肝炎も強力ミノファーゲンCの注射や瀉血、そしてインターフェロン注射を行っていた時代を経て、DAA(内服抗ウイルス薬)治療に移行しました。短期間で治療の局面は大きく変わったと思います。我々としては、少しでも早く新しい治療法や治療に結びつく薬剤を見つけたい、との思いで研究してきましたし、患者さんのために少しでも早く癌を見つける、線維化を遅らせるという目標を達成しようと努力してきました。これは小野先生をはじめ肝臓学会の仲間と、長年一緒に協力してきたことです。またこのように、診療については多くの先生方とも協力して進めて来ました。
私のC型肝炎の研究に関しては、トランスジェニックマウス(HCV core 蛋白遺伝子を組み込んだマウス)で発癌の病態を解析しながら、それが治療にどう結び付けられるのかを研究してきましたが、その中でも特にC型肝炎と糖尿病は関連が深いことを示してきました。C型肝炎患者さんの場合、糖尿病や肝臓の脂質代謝の変化はC型肝炎ウイルスそのものが原因で起こること、そして発癌のリスクになることがわかってきました。また、小野先生がこの分野の日本人研究者代表の一人でいらっしゃるNASH(非アルコール性脂肪肝炎/ナッシュ)は、ウイルスがいなくても脂肪肝、そして代謝性の異常のもと肝細胞癌を引き起こします。NASH患者さんがどんどん増えている中で、我々としてもウイルス肝炎とあわせてNASH患者さんを早いうちに拾い上げることができないかと考えています。さらに、MAFLD(代謝異常関連脂肪性肝疾患/マッフルディー)といった新しい概念の中での脂肪肝をより早くから拾い上げて治療に結びつけるような研究を続けていきたいと思っています。
小野先生:
肝疾患治療における国際貢献についてはいかがですか?
森屋先生:
もう1つは、B型肝炎、C型肝炎において日本は非常に意識も高くて治療が進んでいますが、東南アジアや世界的な地域によってはまだ完全にコントロールできていない状況があります。また、肝細胞癌に関していいますと、日本でしたらいろんな治療がありますよね。各種分子標的薬などの抗がん剤治療やラジオ波焼灼療法、肝動脈化学塞栓療法(TACE)、肝切除や肝移植など、色々なテクニックがあります。そういうノウハウを日本は持っているわけで、それを国際的に多くの患者さんに使っていただく、日本における知識と技術を東南アジアや世界への貢献に結びつけていけたらなと思っていますし、また日本としても国際貢献という観点から考えれば、非常に大きい分野だと思います。
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東京大学感染症内科教室の取り組みについて
小野先生:
東大感染症内科の教室での取り組みということで、先ほどコロナのことについてお伺いしましたけれども、コロナ感染症以外で診療体制や研究についての最近の話題をお聞かせいただけますでしょうか。
森屋先生:
ここ10年、20年考えてみますと、RNAウイルスの世界的な流行が問題になっています。例えば、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、デング熱、鳥インフルエンザ、みんなRNAウイルスです。それぞれの病態の研究、また東大病院ではデング熱などの患者さんも入院されますのでそういう中で臨床経験を積みながら、それに対する薬剤や治療などについての検討をそれぞれ研究員が行っています。
もう1つの感染症の柱が多剤耐性菌です。今は抗菌薬の「薬剤耐性対策アクションプラン」といって、耐性菌を増やさないために抗菌薬の適正使用を進めようといろんな病院で抗菌薬使用量の目標が設定されています。G7の伊勢志摩サミットの時にもG7の目標として抗菌薬の適正使用をすすめ多剤耐性菌の拡大を抑制していくという話が出ているように、耐性菌は世界中で大きな問題になっています。耐性菌の浸透度というか、どの程度汚染されているかという問題でいうと、東南アジアなどの多くの国では、各種耐性菌が非常に広がっている状況がある一方、日本は多剤耐性菌の浸透が比較的低い国なんです。ですから、日本では耐性菌の検出が少ないことから抗菌薬治療が困難ではないと考えて日常臨床に携わっている医療者は多いと思います。
コロナ感染症が拡大するまでは、院内での多剤耐性菌をどう減らして、患者さんの間での感染を防いで、どうコントロールするかが主でした。患者さんが感染によって、生命、安全が脅かされる、あるいは抗菌薬を使うことによって入院期間が長くなってしまい、また次に入院する人のタイミングが遅れて生命の危険も生じさらに医療経済ダメージをもたらすという点でも、多剤耐性菌という問題は実は大きい問題なのです。当院では、きちんと毎日検出耐性菌を病院全体でモニターし感染対策を行い、毎年検出数をかなり減らしてきています。東大病院は、Newsweekの世界の病院ランキングで世界16位、アジアで1位を争うといった高い評価をいただいております。このランキングにおいて病院全体の感染対策活動も指標の一つのようで耐性菌に関して言うと、東大病院は日本国中で非常に管理が行き届いている病院の一つで、医療関連感染いわゆる院内感染についてのデータ的にも頑張っている方ではないかと思います。日本が世界的に見ても非常に進んでいる肝細胞癌や消化器系の癌治療において、感染などのトラブルがあると信用を失いますから、そういう感染管理という点でも日本の良さをアピールすることも必要ですし、海外にもアピールできるように各施設が技量を高めていくのは良いことかなと思います。
最後に細菌の研究で言うと、腸内細菌研究の世界的権威である慶応大学医学部微生物学教室の本田賢也教授に胆汁酸との関連という視点で腸内細菌を調べてみませんかと声をかけたんです。実は100歳以上の長寿者の腸内細菌の中には、抗菌活性、つまり抗菌剤のような働きをする胆汁酸が特異的に多いことを発見しています。(Nature誌に掲載)ヒトにおける健康長寿の秘訣の理由はこれだけではないと思いますが、こういった感染症に対する自分院備わった予防・治療という理由もあるかもしれないということですね。
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後半に続く
記事監修 小野正文について
小野正文 教授(医師・医学博士)
香川大学医学部肝・胆・膵内科学先端医療学 教授
東京女子医科大学足立医療センター内科 非常勤講師
日本肝臓学会専門医・指導医・評議員
FeliMedix株式会社 創業者・医療顧問
高知大学医学部大学院医学研究科卒。
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、メタボ肝炎の研究・診断・治療の我が国を代表する「トップ名医・研究者」の一人。NASH研究の世界的権威である、米国Johns Hopkins大学 AnnMae Diehl教授および高知大学 西原利治教授に師事。2011年から10年に渡り、診療指針の基準となる「NAFLD/NASH診療ガイドライン」(日本消化器病学会・日本肝臓学会)作成委員を務める。
受賞:2000年第13回日本内科学会奨励賞受賞, 2008年第43回ヨーロッパ肝臓学会(EASL)、
2008 Best Poster Presentation Award受賞など国際的に高い評価を得ている。また、NASHに関する和文・英文の著書・論文数は400編を超える。
代表論文:Lancet. 2002; 359(9310), Hepatology. 2007; 45: 1375-81, Gut. 2010; 59: 258-66, Hepatology. 2015; 62: 1433-43, Clin Gastroenterol Hepatol. 2022 Jan 17, など