魔法の痩せ薬「マンジャロ」が招く“代謝と家計の蟻地獄”
最近、SNSや美容クリニックの広告で、「努力不要」「打つだけで痩せる」と宣伝されている薬があります。
2型糖尿病の治療薬である「マンジャロ(一般名:チルゼパチド)」です。
高度肥満や糖尿病の患者さんにとっては大変有効な治療薬であることは、以前もこのコラムでご紹介した通りです。
しかし、短期間で体重が大きく減ることから、本来の適応とは異なる、いわゆるダイエット目的で使用する人が急増しています。
ですが、ここで一度、冷静に考えてみてください。
その“簡単さ”の代償は、本当に軽いものでしょうか。
吐き気や下痢、食欲不振といった副作用だけが問題なのではありません。
実はこの薬には、体とお金の両方に長期的な影響を及ぼす可能性のある、より本質的なリスクが潜んでいます。
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筋肉を削って痩せるという現実
マンジャロは強力に食欲を抑えることで摂取カロリーを減らし、その結果として体重が減少すると考えられています。
しかし、体重減少の中身は脂肪だけとは限りません。摂取カロリーが減ってエネルギー不足に陥ると、体は生き延びるために“分解しやすい組織”から使い始めます。
その代表例が筋肉です。
最近の知見では、こうした薬による減量では、減少した体重の約3〜4割が筋肉などの除脂肪量である可能性も示唆されています。
筋肉は、じっとしている間もカロリーを消費してくれる、いわば「代謝のエンジン」です。
そのエンジンを自ら減らしながら痩せることは、将来にわたって太りやすい体質を自分で作っていることにもなりかねません。
筋肉が減れば、基礎代謝は低下します。
基礎代謝が下がれば、少し食べただけでも脂肪をため込みやすくなります。
この状態で薬の使用を中止した場合、体重が戻りやすくなる、いわゆるリバウンドが起こる可能性があります。
そして、戻る体重の多くは脂肪であるケースが少なくありません。
つまり、体重が元に戻ったとしても、中身は別物です。
以前より体脂肪率は高く、代謝は低い、「さらに痩せにくい体」になってしまう可能性があります。
これが、薬に頼った減量で陥りやすい「代謝の落とし穴」です。
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終わらない出費というもう一つの現実
問題は体だけではありません。
ダイエット目的でマンジャロを使用する場合、健康保険は適用されず、自由診療となります。
クリニックによって差はありますが、月に数万円、高い場合には10万円近い費用がかかり続けるケースもあります。
ここで注意すべきなのは、「やめると体重が戻りやすい体」になっている可能性がある点です。
つまり、痩せた状態を維持しようとすると、事実上、使用を継続せざるを得ないと感じる状況に陥る人も少なくありません。
これはもはや単なるダイエットとは言いにくく、見た目を維持するための“実質的なサブスクリプション”とも言える構造です。
年間で数十万円、数年続ければ数百万円規模になることもあります。
もし途中で経済的な理由などから継続できなくなった場合、その時点から、代謝が低下した状態でリバウンドと向き合うことになる可能性があります。
見た目は若返るどころか、老けることもある
さらに見逃せないのが、見た目への影響です。
急激に脂肪や筋肉が減少すると、皮膚がその変化についていけず、顔や体にたるみが目立つことがあります。
海外では、こうした状態を「オゼムピック・フェイス(痩せ薬顔)」と呼び、問題視する声もあります。
高い費用を払い、健康面のリスクにも配慮しながら治療を受けた結果が、「痩せたけれど老けて見える」という印象になってしまったとしたら、それは本当に満足できる結果と言えるでしょうか。
本当に知っておくべきこと
誤解してほしくないのは、マンジャロ自体は、糖尿病や高度(病的)肥満の治療において非常に価値のある薬だということです。
代謝を専門とする医師の指導のもと、適切に使用すれば、多くの人の健康と生活の質を支える重要な医薬品です。
しかし、「楽に痩せたい」という目的で使用する場合、代謝の低下や、長期にわたる金銭的負担といったリスクを背負う可能性があることは、十分に認識しておく必要があります。
一度減少した筋肉量や基礎代謝を、薬に頼らずに回復させるには、相応の運動量と厳しい食事管理が求められることも少なくありません。
誰にでも簡単にできることではないでしょう。
「簡単に痩せられる」という言葉の裏にあるのは、自由な体ではなく、薬と出費に縛られ続ける生活かもしれません。
その注射を打つ前に、ぜひ一度、自分自身に問いかけてみてください。
本当にこの方法に、長期的な生活設計を委ねる覚悟がありますか。
関連記事:日本人に合った最適な食事バランスや理想的な食事方法を解説
引用・参考文献
1. Jastreboff, A. M., et al.
Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity.
The New England Journal of Medicine, 2022; 387: 205–216.
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2. Sargeant, J. A., et al.
Effects of glucagon-like peptide-1 receptor agonists on weight loss: focus on body composition and cardiometabolic health.
Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism.
3. 日本糖尿病学会・日本肥満学会
「GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する適正使用のお願い」
(日本国内における不適切な適応外使用への注意喚起および、糖尿病患者への供給不足に関する声明)
4. Wilding, J. P. H., et al.
Weight regain and cardiometabolic effects after withdrawal of semaglutide.
Diabetes, Obesity and Metabolism.
(STEP 1 extension study)
5. 猿渡 由紀
「日本で急増『特効やせ薬』の残酷な末路――先行するアメリカで今さら『代謝の蟻地獄』に絶望する人が続出する訳」
東洋経済ONLINE, 2026年2月4日.



